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全身の95%の大やけどからの回復…涙の転院 鳥大病院救命救急センター 6か月に及ぶ懸命の治療
2021年10月14日 20時18分
全身の95%の大やけどからの生還です。鳥取大学医学部附属病院救命救急センターが手掛けた、やけど治療例。入院男性の回復の軌跡に密着取材しました。

6月9日。私たちは初めてその男性に出会いました。

全身には、やけどの跡が生々しく残り、時に痛みに顔をゆがめる表情が目に焼き付きました。

50代の吉岡さん(仮名)。今年2月、自宅で火事に遭い、全身の皮膚の実に95%という広い範囲に重いやけどを負いました。

全身の95%にやけどを負った吉岡さん(仮名)
「こわいですよ。火がボーっと。すぐ逃げたけどね、逃げてちょっと。冬だったけんね。気が付いたら鳥大病院に来とったけん。着いたのは分かったけど、その後は覚えとらん」

吉岡さんが運ばれたのは、鳥取県米子市にある鳥大病院・救命救急センター。治療に当たったのが、上田敬博教授です。上田教授は、やけど治療に関しては日本医療の先駆者的存在で、その技術が注目されたのは、2019年7月に発生した「京都アニメーション放火殺人事件」でした。

ガソリンをまいて火をつけ、その後、逃走したとされる青葉真司被告は全身の93%にやけどを負い、命が危ない状態でした。近畿大学病院で青葉被告の搬送を受け入れたのが、当時この病院に勤務していた上田教授だったのです。

青葉被告の主治医として治療を続けた後、鳥大病院へ働く場を移した上田教授。吉岡さんは、青葉被告よりも深刻な全身の95%のやけどでした。

通常のやけど治療では、患者自身の他の部位から皮膚をとり、移植する方法も取られますが、95%のやけどでは、自身の皮膚を使うのは不可能です。そこで注目したのは、わずか5%だけ残った、やけどを負っていない皮膚です。この皮膚を採取し、4週間ほどかけて培養。培養できたシート状の表皮を少しずつ貼り続けていくという、技術はもちろん根気も要る治療を重ね、吉岡さんは何とか一命を取り留めたのです。

吉岡さんは10回もの手術を乗り越え、着実に回復を続けていました。

リハビリスタッフ
「だいぶ皮膚が瘢痕化してきて、硬くなってきているので、膝の裏などを伸ばしてあげないと、なかなか歩きにくい」

1日の大半をベッドで過ごすため、硬くなってしまう皮膚を柔らかくして伸ばしていきます。

全身の95%にやけどを負った吉岡さん(仮名)
「今こうしていることが、生きているんだけんな。生きとるけんね、病院だけど生きとる、助かったんだからな。だから退院したいな、退院したい」

8月12日、この日、吉岡さんはこれまであまり語りたがらなかった過去の話を、ポツリポツリと語り始めました。以前は農業に携わっていたそうです。

全身の95%にやけどを負った吉岡さん(仮名)
「力仕事は力仕事。夏なんかは汗びっしょりにしとった、今は草ボーボーだろうね、5か月経ってるし、どうなっているか分からん。病院生活も5か月、長いなと思う、ほんに」

突然失った自宅。変わり果てた自分の姿。一時は自暴自棄に陥ったこともあったそうですが、退院したあとに挑戦したいことも考えるようになりました。

全身の95%にやけどを負った吉岡さん(仮名)
「挑戦なぁ、車の運転や仕事ができればと思うけど…そりゃビールなんかも飲みたいかもしれませんよ」

鳥取大学医学部附属病院 救命救急センター 上田敬博 教授
「ここ1か月くらいですよ。あんな風に自分の思いや胸の内とか…最初は治療もしなくていいみたいな自暴自棄になっていたので、そこを皆がサポートしてくれて、自分ひとりじゃないっていう感じになって頑張れたんじゃないかなと思います」

驚異の回復を見せた吉岡さんは、9月6日、リハビリ中心に治療が進められる病院へと転院することになりました。

全身95%のやけどを負った吉岡さん(仮名)
「先生方や看護師さんのおかげでここまで来れたと思いますので、それを感謝しています。ありがとうございました…ちょっと涙が出てきた。今度もし戻ってきたら、自分で歩いてくるようにしようと頑張りますんで」

涙が浮かぶその目は、しっかりと前を見据えています。新たな目標に向け、吉岡さんのリハビリが続きます。